HERO ―英雄―

 紀元前、春秋戦国時代末期。争う六国の中で最も勢力を広げていた秦の王(陳道明:チェン・ダオミン)の元に、一人の男が現れる。男の名は、無名(ジェット・リー)、彼は一本の槍と二振りの剣を持っていた。それぞれ当時名を馳せた刺客のものであると言う。百歩以内の距離には誰も近づけない秦王だが三人の刺客を葬った功績の褒美として無名は秦王から十歩の距離で拝謁を許される。無名はいかにして三人を仕留めたのかを語りだす・・・

 西のマトリックス、東のHEROと並び称される本作品。まずいっておきたいのは「劇場で観てほしい」と言うことである。

 マトリックスのCGチームが手がけたというアクションはすごい。特にジェットリーとその兄弟弟子にあたるドニーイェンのアクションは見ものである。
 しかし、本作品においてアクションは決して売り物にするものではない。この作品で真に感じるべきはその物語に流れる「心」であり、見るべきはひたすら美しく、そしてなんとも切ない映像である。

 物語は、ひとつの目に見える「結果」に対するいくつもの過程が語られると言う、黒澤明監督の羅生門でもおなじみの話法をとっている。そしてこの話を彩るのは美しい「色」と、それらを作り出すワダエミの衣装。
 いくつも語られるはなしの中で、トニー・レオン演じる残剣とマギー・チャン演じる飛雪はまったく違った顔を見せ、二人は見事に演じきる。
 まず最初の話の中で、残剣と飛雪はひとつの過ちが元となり、恋仲でありながら険悪な状態に陥っている。残剣は近くにいる、自分を慕う如月に手を出し、あえて飛雪にその現場を見せる。結局これが引き金となって自らの命を落とすことになる。自分の不安定な心から逃れるために身近にいるものの心を利用するのは、僕は悲しい行為だと思う。人間弱さを持っているのはあたりまえだが、それに屈する自分ではありたくない。飛雪と如月の悲しい戦い、赤く染まる銀杏は、二人の流す血の涙か。

 物語は、無名の語った今の話を秦王が嘘であると看破し、自らが推理した物語、そして自らが刺客であることを認めて無名が語る真実の物語へと続いていく。

 大儀のために自らの命を差し出す、長空、飛雪。二人の気持ち、そして残剣の気持ちを託されて秦王の元に訪れる無名。彼の技を持ってすれば確実に秦王を仕留めることのできる距離に近づき、秦王と語る無名の真意は・・・
 自らの命が目の前の刺客に握られていると悟りながら、なお残剣の至った境地に思いを馳せ、自らもその境地を知る秦王の器。彼をもってして、自らのみに起こることを知りつつ、無名はあのような行動、そして言葉を残して王の宮殿を去るのである。
 しびれました。

 無名の、秦王暗殺失敗の報せを受け馬を駆る飛雪のまえに立ちはだかる残剣、この二人のやり取りにも、ぐっとくるものがある。
 深く飛雪を愛しながら、自らの信念を貫き、命を賭して飛雪に伝える残剣の男っぷりは見事。これが最初の話の下卑た男か?と思わせるすばらしさでした。
 自分の中に譲れない信念というか信条というか、芯になるものを僕も持っていますが、愛する人を前にしたとき、いかにしてその芯を貫き、なおかつ愛するものへの気持ちも大切に持ちつづけるか、という問題は、現代のわれわれでも普通に起こりうる選択だと思う。
 深く、深く考えた。
 愛する人といられるなら、二人のように お互いを尊敬し、尊重し、認め合い、高めあっていきたい。どちらかが、どちらかを「飼う」ような関係だけはごめんだ。

 この作品、アクションシーン、人が死ぬシーンもかなりあるが、血が流れない。3シーンで血が滲む、剣に1滴ついている、床に流れるだけである。剣での戦いは、争いと言うより、優雅な舞のようだ。この作品において、剣を交えると言うことは、相手を屈服させるためではなく、相手の心情を知る、相手に気持ちを託す行為なのである。

DVDを買うと言うより、もう一度劇場に足を運びたくなる、そんな作品だった。

                        1. +

HERO ―英雄―
監督: チャン・イーモウ
出演: ジェット・リートニー・レオンマギー・チャン
評価: ★★★★