地下鉄(メトロ)に乗って

衣料品の営業マンの長谷部(堤真一)は地下鉄の駅で父(大沢たかお)が倒れたという伝言を聞く。彼は地下道を歩きながら、暴君の父と口論して家を飛び出し、帰らぬ人となった兄のことを思い出していた。そのとき、彼の前を亡き兄に似た人影がよぎる。必死で追いかけて行くとそこはオリンピック景気に沸く昭和39年の東京だった。(Yahoo!映画

 浅田次郎の小説の映画化。“地下鉄”で過去へとタイムスリップした事をきっかけに、疎遠になった父親の人生と思いを知ることになる。東京の地下鉄構内ではかなり以前から宣伝されていた本作では、筆者が使い慣れた地下鉄が頻繁に登場。過去と現代をつなぐ役割を果たしている。昔の地下鉄の様子なども見ることができる。

 自分の身近な人がどのような思いを胸に生きてきたのか、ということは意外と知らないものだ。知っていると思ってもそれはあくまで自分の視線、自分の気持ちというフィルターを通してのもの。本当の思いを知ったとき、その人を見る視線はどのように変わるだろうか。

 堅く凝り固まっていた長谷部の心は、父親の真実の姿を見るうちに変化を見せていく。この作品では過去に行ったきりではなく、場面場面を体験したあとに現代に戻ってくるのが特徴的。過去に行く、現代に戻るということ自体はあくまで舞台装置に過ぎず「知る」「観る」事による「真実」の変化こそが作品の中心にすえられているのである。人を愛するということがどのようなことか。考えずにいられない。

 筆者が思わず目頭を熱くしたのは、長谷部と恋人みち子、長谷部の父佐吉とその恋人お時が一堂に会すクライマックスシーン。みち子が、自分の誕生を楽しみに語り合う両親の姿を見て涙する場面だ。自分が望まれて生まれてきたと感じられることのなんと幸せなことか。

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 みち子は自らの運命を選びなおしたときに「忘れない」という。「忘れないで」でなく、自分が忘れないのである。演じた岡本綾もインタビューで取り上げているこのシーンはこの作品の象徴的なシーンだと、筆者も思う。相手に求めるのではなく自分がこうありますという宣言に大きな愛情を感じることができた。

 みち子が「生まれない」ことにしてしまったために、長谷部は最後にみち子に関する記憶がなくなってしまう。しかし長谷部の身に起きた変化のなかには確実にみち子の足跡が残されており、長谷部を見守り続ける彼女の姿を感じることができる。

                        1. +

地下鉄(メトロ)に乗って
監督: 篠原哲雄
出演: 堤真一岡本綾常盤貴子大沢たかお田中泯 、笹野高史 、北条隆博吉行和子
評価: ★★★