千里眼とニュアージュ

史上最大のIT企業が設置した“48番目の都道府県”萩原県。そこは全国から集められた800万人の「ニート」たちが暮らす、最先端の福祉行政の地だった。 だが、住民たちは悪夢にうなされている。炎、地獄の骸骨、そして金縛り。萩原県の地底には巨大な陰謀が眠っていた。 イラクから帰国するや、不可解な速達を受け取った臨床心理士・岬美由紀は再び混乱の渦中へと疾走する。岬美由紀の前に立ちはだかる『蒼い瞳とニュアージュ』のヒロイン、宿命の臨床心理士・一ノ瀬恵梨香。そしてメフィスト・コンサルティングのダビデ……。 エンターテインメントの頂点を極めた人気シリーズ初の文庫書き下ろし最高傑作!(amazon

千里眼シリーズの最新作は原点回帰ともいえる舞台設定で楽しませてくれる。
毎回登場する現実世界での話題は今作では IT企業、ニート。成り上がりのIT起業社長は先日逮捕された堀江氏を思い起こさせる。本作刊行時はまだ逮捕もされていないし彼を奉っている人も大勢いたと思うが、またしても松岡予言的中といったところか。

 毎回うならせられる数々の伏線と、それがぴたりと収まっていく快感は相変わらずで、とにかく楽しませてくれる。また、本作では「蒼い瞳とニュアージュ」の主人公、一之瀬恵梨香が登場。「千里眼 トランス・オブ・ウォー(文庫版)」で明らかになった岬美由紀との関わり以後彼女がどのような人生を歩んできたか、彼女の内面にスポットを当てたストーリーがもうひとつの幹として、人に対する愛情あふれる物語となっている。

 筆者は「蒼い瞳とニュアージュ」のレビューで「宇崎はエピローグにて恵梨香のニュアージュとなる。恵梨香、宇崎それぞれが成長し、ひとつの壁を越えてこれからどうなるのか、続編が楽しみである。」と書いた。ニュアージュとは親をはじめとした大人たちの暗喩であるが、鬱陶しく頭の上を覆う存在と言う側面より大切な存在を見守るものとして、とらえた。しかし本書における恵梨香の捕らえ方は前者。それはもちろん彼女が「蒼い瞳の少女」側であるからだ。そして彼女にとっての最大のニュアージュは美由紀である。同年代ではあるが華々しい活躍をする彼女の姿に憧れと嫉妬、反感を同時に抱いて生きてきた。

 「千里眼 トランス・オブ・ウォー(文庫版)」から引き続き、美由紀もまた彼女との関係に苦しむこととなる。本作で描かれる出来事は一見荒唐無稽だが、起こりうると思わせるしっかりとしたベースに支えられており、著者が訴えかけてくることもまた、現実に生きる我々にリアルに迫る問題だ。だからこそ、本作で描かれた「理解」「再生」の様は読者に希望を抱かせ、現実の中に新しい一歩を踏み出す力を与えてくれるのだと思う。

                        1. +

千里眼とニュアージュ
著者: 松岡圭祐
評価: ★★★★