マトリックス リローデッド

 1999年に公開された、『マトリックス』の続編。『マトリックス』斬新な映像は、映画界のみならずあらゆるメディアに多大な影響を与えた。スケールの大きな世界観のなかで展開される『マトリックス』3部作の第2部を観た。

 『マトリックス』の作品世界ではそこかしこに宗教的、哲学的な要素がちりばめられているため、ストーリーに難解な印象を持つ人もいるかもしれない。

 現実世界は人工知能に支配されており、人間に残された唯一の街が「ザイオン」である。前作ではあまり登場しなかった現実世界での話が今回から重要性を増してくる。「ザイオン」に迫る危機を脱するため、人工知能の支配から脱するため、ネオをはじめとした人類は戦いを挑んでいくわけだが、そこには新たな存在として現れるエージェント・スミスや、エグザイル達の思惑が絡んできて・・・。

 『マトリックス』の楽しみ方として、他者の追随を許さない圧倒的な映像を楽しむこと、さまざまな世界観、宗教観などから構築された作品世界を楽しむことの二つをあげてみたい。

 『マトリックス』で一世を風靡した映像技術がさらにスケールアップして帰ってきた。今回話題になっているのは百人スミスとハイウェイバトル。ワラワラとでてくるスミスとの大乱闘シーンは、普通の殺陣から徐々にCGの比率を高めて制作したそうだ。ちょっと笑ってしまう感じもあるのだが、なんとも不思議な感覚に襲われた。大勢で戦うシーンというのは戦争映画などで何度も見ているが、みんな同じ顔というのが、あのように気持ち悪いのかというのを実感した。 大昔からある、民族間の抗争も案外こんなところに根ざしていたりするのかなと思ったりもした。だって外人さんって、はじめのうち みんな同じ顔に見えたりするし。
 ハイウェイのシーンではトリニティの「いや、それ無理だから」っていうバイクの運転(※実際結構本当にやっているそうだというのだから驚き)をはじめとする迫力がすごい。

 『マトリックス』に散らばる欠片たち
『マトリックス』の世界に大きく横たわる世界観としてまずあげなければならないのは「グノーシス」である。

グノーシス(gnosis)はギリシャ語で「覚知、叡智」の意味である。
人間と宇宙はそれぞれ物質的、肉体的な実体と神的で超越的な本質に分けられ、 人間には、自覚されていないものの宇宙を超越した「原人」の神的な本質が断片として残っており、 啓示によりその存在を知ることが救済につながるとした。
初期ユダヤ教が起源と考えられており、キリスト教の発生と時期を同じくして広まった。
(ISIS立紙篇より引用) 
まさに『マトリックス』。監督がこうした世界観を意識しているのは登場人物や乗り物、街の名前などから伺い知ることができる。
まあ、監督がどのような意図をもって作品を作ったのか、本当のところは本人たちにしかわからないので、ここからは、「ここが この作品と似てるよね」という視点にシフトしていくことにしよう。

1作目『マトリックス』を観て最初に思い浮かべたのは映画が大ヒットした「リング」の原作、鈴木光司原作のシリーズ3作目『ループ』であった。『ループ』の場合、『リング』、『らせん』の世界が実は・・・という形で展開していくのだが、世界が階層構造を成しているというシチュエーションから連想された。
世界だと思っていたものが実は・・・という設定はわりと昔からあって、ハインラインの『宇宙の孤児』などもあげられるだろう。

『リローデッド』において明らかになる現実(?)は、いままで認識していた「現実世界」と「マトリックス」の関係性を揺るがすものなのだが、「手のひらの上で踊る」感覚は古典文学を原作に描かれた 藤崎竜の漫画『封神演戯』を思い出させる。「くり返しからの脱出」が『レヴォリューション』のキーポイントになりそう。

※この文章はサイト移設に伴い、映画公開当時書かれたものを再掲載しています

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マトリックス リローデッド
監督: アンディ・ウォシャウスキー 、ラリー・ウォシャウスキー
出演: キアヌ・リーヴスローレンス・フィッシュバーンキャリー=アン・モスヒューゴ・ウィーヴィング 、マット・マッコーム 、ジェイダ・ピンケット=スミス
評価: ★★★★★